引っ越しました
2014-08-06 Wed 22:45
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Photo@Wannai(Osezaki) -20m 9.Jun.2013
OLYMPUS E-620 ZUIKO DIGITAL ED 50mm F2.0 Macro : 1/100sec f8

前より伊豆に30分近くなりました。
もう少しで自分の理想とする環境が整います。

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新年 明けましておめでとうございます。
2014-01-03 Fri 02:12
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青抜きホースでごあいさつ。

今年も宜しく♪
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きんすけ写真展のお知らせ
2013-03-30 Sat 23:00
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2/1から3/30まで武蔵溝口の沖縄料理屋「琉球酒房菜酒家FU-KU」さんにて写真展を開催してます。

初めての試みで迷いましたが、今回は1番多く通っている近場の海の写真にしました。
城ヶ島、川奈、海洋公園、大瀬崎、井田、黄金崎、伊豆大島で撮った写真16点です。
お店のご好意にあまえて、写真を飾れる全てのスペースを開放して頂きました。笑
皆さんの近場の海に住む面白い生物やカラフルな海中風景を感じていただければ幸いです。

FU-KUさんは食材を沖縄から空輸する本格的な沖縄料理のお店です。
沖縄に通うダイバー御用達の店ですから、料理の味は間違いありません!
100種類を超えるこだわりの泡盛や焼酎、オリオンビールの生が楽しめます。
美味しい沖縄料理とお酒を楽しみながら写真を眺めにいらっしゃいませんか?

「琉球酒房 菜酒家FU-KU」
http://www.fu-ku.net/
神奈川県川崎市高津区下作延2-4-10 琳和サニーコート1F
電話    : 044-861-1414

東急田園都市線、JR南武線 溝の口駅 南口より徒歩4分

定休日   : 毎週日曜日
営業時間  : 平日   17:00~24:00LO
      : 土・祝日 17:00~23:00LO

* 週末は混みあいますので予約をお願いします。

毎週木曜日は基本的にお店にいようと思ってます。
皆様のお越しを心よりお待ちしております!^^

P.S. 2/21の記念パーティはおかげさまで満員御礼となりました。
ありがとうございました!!
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    小渕浜ふるさとプロジェクトツアー 第五回 完結編 石巻
    2012-07-02 Mon 23:29
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    石巻でランチ。
    石巻ではこんなオシャレな弁当が食べられる。
    ダイニングバー「松竹」について以下主催者の説明を引用。
    「100年以上続いた「阿部新旅館」を改装し、ダイニング&バーとして生まれ変わったのが2010年。その約半年後に津波に襲われた。震災後、復興に関わるクリエーターたちが多く集まり、地元の若者とともに「石巻2.0」を結成。石巻工房など、復興の新しい形を模索する第一歩の場となった。店舗の修復、仮設店舗への出店、キッチンカーの導入、スーパーへの出店など、石巻で最も頑張っている被災飲食店のひとつ。」

    石巻の市街地ではほとんどの家屋の一階部分が浸水したそうだ。

    しかし石巻の商店街は活気にあふれていた。
    元は地方都市の商店街にありがちのシャッターストリートだったそうだが、現在は浸水を免れた商店の二階部分をボランティアの宿泊施設やカフェに改造し、また、空き家になっている商店に若いアーティストがギャラリーを開いて活動している。

    そんな石巻の一部の動きを主催者の原文を借りてご紹介する。

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    石巻工房
    http://ishinomaki2.com/category/project2/atelier/
    「自由に使える工房に地域の幅広い年齢層の人々が集まることにより、コミュニティの活性化に貢献するという目的で設立。様々な企業や団体の協力や交流があり、現在では石巻における復興の最前線と言える場所。様々なデザイナーやアーティストが関わり、企画生産されるプロダクトのクオリティは高く、復興を超えた活動となっている。」

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    コミュニティカフェ・かめ七
    http://ishinomaki2.com/category/project2/comikame/
    「地域住民とボランティア、そして全国から訪れる人が、「雑誌」を媒介として交流する、石巻の復興コミュニティ拠点。
    創業150年の老舗「かめ七呉服店」の米倉店主が青春時代に愛読・収集した1970~80年代の雑誌(懐かしの「ポパイ」「non-no」、幻の雑誌「COM」など、蔵書約2000点)や、日本雑誌協会より提供された最新のデジタル雑誌(総合誌、コミック誌、カルチャー雑誌など)を閲覧できる地域住民の憩いのスペースとして、ボランティア・観光の皆様の情報収集・発信の拠点として、カフェやコピーサービスの提供(有料)、インターネット環境の提供(無料)、被災地関連のフリーペーパー配布協力も行っている。
    ※かめタオル(250円)が入場券」

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    こちらの店では、被災した漁船の大漁旗を使いアクセサリーを作っていた。

    日和アートセンター
    横浜市と連携したアーティストが滞在して作品を作成しながら展示できるスペース。
    http://hiyoriartcenter.blogspot.jp/

    復興BAR
    http://ishinomaki2.com/category/project2/bar/

    そしてコミュニティ誌「石巻VOICE」
    http://ishinomaki2.com/category/project2/voice-project2/

    石巻で感じたのは、なんだろう?
    誤解を恐れずに言わせていただければ、震災を機に町おこしをしてやろうというたくましさである。
    ぜひ一過性のブームに終わらず、続けてほしい。

    さて、石巻を出発し、バスは一路新宿へ。
    予定通り21:00に到着、解散となった。

    今回被災地を訪れて最初に感じたのは、やはりそうかという「絶望感」の裏付けであった。
    報道されている情報から想像していた、元の生活に戻る為に必要な時間と労力と金の、とてつもない大きさ。
    被災地の現状を見て、その想像が間違っていない、いやそれ以上であることを認識させられた。

    今回訪れた地区は既にガレキが片づけられている地区が多かった。
    しかしガレキを片づけた後に現れた、何も残っていない土地。
    この風景を見たときの虚無感はかつてないものだった。
    ほんとに何もなくなってしまったのだから。

    しかし、小渕浜の漁師、後藤晴人さんは言う。
    「人が集まって、仕事ができて、活気がわいてくれば、文化とかそういうものもできてくんだっちゃ」

    同じく小渕浜の漁師、後藤幸市さんは言う。
    「漁師はよ、漁ができればいいんだ。今日漁に出ることが大事なんだ」

    そして石巻2.0の阿部久利さんは言う。
    「震災前には戻りたくない。震災前より活気のある街にしたいんだ。」
    http://ishinomaki2.com/

    被災地から復興地へ。
    呼び方を変えることに意味があるのか?とおっしゃる方もいると思います。
    がしかし、生活を立て直すために仕事や活動を始めてる方々がいらっしゃる土地なんです。
    前を向いている人たちがたくさんいる。

    俺はこれからも細く長く支援を続けていきたいと思います。
    今回は実際に復興地を見れて本当によかった。
    案内してくれた佐藤さん、とぉるさん。
    本当にありがとうございました。

    そしてこの駄文を読んで、一度小渕浜の漁師に会いたいと思った方がいらっしゃったら。
    ぜひこのツアーに一度参加していただけたらなと思います。
    なにが起こったのか?何が起こっているのか?自分の目で見てみませんか?
    デモやボランティアもいいですが、彼らの生産物やサービスを買って支えることも重要だと思った二日間でした。
    是非、復興地の方々の頑張りを見に行ってほしい。
    どんな形でもいいから復興地にかかわってほしい。

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    花に飾られた石ノ森漫画館。
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    小渕浜ふるさとプロジェクトツアー 第四回 小網倉浜~女川
    2012-06-30 Sat 02:00
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    女川港に向かう途中に小網倉浜に立ち寄る。
    アナゴが宝船を引いてる~。^^

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    みたところ、ここも津波の影響で何もなくなってしまったようだ。
    見渡す限り寂しい風景が続く。

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    残ったのは山肌にある神社だけ。
    ガレキが撤去されただけで、それ以上に整備された印象はない。
    多分異臭防止に牡蠣の殻を撒いただけだ(違ったらごめんなさい)。

    ここでは大漁プロジェクトという復興プロジェクトがある。
    今回はこのプロジェクトのメンバー、生餌イワシ業の杉山さんにお話を聞くことができた。

    杉山さん曰く。
    この浜は東日本で一番の活イワシの生簀150以上を保有していたそうだが、震災で一つしか残らなかったとのこと。
    東日本で操業するカツオ一本釣り船、マグロまき網船にほぼ100%供給していたので、その影響は大きく、カツオやマグロの末端価格の上昇を招いているとのこと。
    そして活イワシの生簀の設備は高価で、復興はかなり苦戦を強いられているそうだ。
    よし!と思った方!ぜひ支援をお願いします!

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    ここで購入した小物(右)。
    今回実は色々な地区でこういったウエットスーツ素材の小物を目にしたのである。

    我々ダイバーにおなじみの「株)モビーディック」。
    ウエットスーツの工場が石巻にあるのだが、この震災で何か出来ないかということで、
    ウエットスーツの切れ端からこういった小物を作っていたところ、これが好評で生産に手が回らなくなったそうである。
    そこである大学教授の仲介で被災して仕事が無くなった方々を紹介され、現在はその方々が生産されているそうである。
    「福幸」という文字がいいですね♪
    このケースはクローズアップレンズの保護ケースにします。
    左はなんだかよく解らないけど、嫁ちゃんの癒しグッズになってます。笑
    モビーズ最高!

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    南三陸金華山行程公園から見る女川湾と女川原発。

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    すかさず計測。^^;

    この数値は、原発がない土地と比較すると4~5倍の数字である。
    なぜここでこんな数値が出るのか?
    放射能は漏れてないはずなのに不思議でしょ?

    これが、女川原発由来のものなのか、福島第一原発由来なのか?
    そんなことは解らない。
    そしてこれが健康に影響があるレベルか否か、それも解らない。
    なにも解らないくせに「ただちに健康に影響はない」と言い続けた政府には恐怖する。

    ただひとつ言えるのは、原発を始めたのは、「50年後100年後に生まれる子供は障害者でもいい」と言った、高木孝一の様な人間なのだ。

    女川に到着。
    以下主催者の説明を引用。
    「宮城県の太平洋沿岸に位置する町である。日本有数の漁港である女川漁港があるほか、女川原子力発電所が立地することでも知られる。17m以上に達した津波の被害は甚大で、街のほぼ3/2は壊滅状態となった。」

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    女川町立病院からみた風景。
    ガレキはきれいに片づけられ、道路は嵩上げされていた。
    今回みたどこよりも復興が早い。
    正面右の倒れたビルは津波ではなく地震で倒れたらしく、耐震構造の調査のために残してあるのだそうだ。

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    ここには慰霊塔が。
    やはり自然と手を合わせる。

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    蒲鉾本舗「高政」へ。
    震災発生後、被害を逃れた工場の機械を繋ぎ、残った材料で揚げかまぼこを作って避難所の被災者に届けたそうだ。
    現在は新工場が完成しフル稼働中。
    社員を震災前の二倍に増やし、地元の雇用を支えているとのこと。
    素晴らしい地元企業。

    この新工場はオール電化なんだそうだ。
    案内してくれた職員の方は、如何にオール電化の工場がクリーンで環境にやさしく、効率的な機械のレイアウトが可能で、それによって生産性が上がったことを説明してくれた。

    複雑な思いを胸にコバルトラインを通って石巻へ。
    ご存じの通りコバルトというのは放射性物質のこと。
    参加者の何人かは俺と同じ気持ちだったと思う。
    工場でオール電化と聞いたとたん、何人かの参加者はピンと来たらしく、目くばせがあった。^^;

    そう、ここ女川は原発の町なのだ。
    原発マネーがこの地域の復興に貢献している。
    コレもまた現実である。
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